春、真新しい制服に身を包んだ一年生たちの心には、期待と少しの不安が同居しています。本作「四月の帰り道」は、そんな瑞々しい感性を、伊那中学校の校舎と雄大なアルプスの山々を背景に描いた切り絵作品です。
制作にあたっては、夕日に染まる「アーベントロート(夕照)」の輝きと、部活動の話題に花を咲かせる生徒たちの弾む声を、一枚の紙から丁寧に紡ぎ出したいと考えました。この場所で育つ子供たちにとって、登下校で目にする美しい景色が、これからかけがえのない「日常」へと変わっていく。その始まりの瞬間を切り取りたいと思いました。

四月の帰り道
……伊那市 伊那中学校……
四月の柔らかな風が、真新しい制服の襟をかすめて吹き抜けます。伊那中学校の校舎を背に、西側の田園地帯へと続く一本道。入学したばかりの一年生数名が、少し大きめのカバンを揺らしながら、弾んだ声で家路についていました。
夕刻の光は、校舎も、生徒たちの横顔も、そして背後にそびえる南アルプスの山々をも鮮やかに染め上げています。
「ねえ、もう部活決めた?」
一人の女子生徒が尋ねると、隣りを歩く男子生徒が少し首をかしげました。
「うーん、まだ迷ってるんだよね。サッカーもいいし、テニスも楽しそうで」
「わかる。どれも気になるよね。私、吹奏楽ちょっといいなって思ってる」
そんな会話を楽しみながら歩みを進めると、ふと振り返った瞬間に目に飛び込んできた光景に、一行の足が止まりました。
「…あ、見て。山、めっちゃきれいじゃない?」
指差す先には、夕日に照らされ燃えるようなピンク色(アーベントロート)に輝く仙丈ヶ岳の姿がありました。
「ほんとだ、赤くなってる。すごいね」
「なんかさ、ああいうの見てるとさ」
「うん?」
「部活終わって帰るときも、こんな景色見れたらいいなって思う」
一人がぽつりと漏らした言葉に、皆が深く頷きます。春の冷んやりとした空気の中に混じる土と草の匂い。この美しい景色が、これからの自分たちの日常になっていく。
「いいね、それ。なんか『中学生』って感じする」
「ね、毎日ちょっと楽しみになりそう」
再び歩き出した生徒達の影が、夕焼けの道に長く伸びていきました。