伊那谷の山々とアルプスを望む高台の牧場を訪ねると、澄んだ空気と伸びやかな風景の中で、馬たちがゆったりと過ごしていました。牧場の女主人と娘さんから、毎日の世話や馬それぞれの性格について伺い、家族のように深い愛情を注いで育てていることが伝わってきました。穏やかなまなざしの馬に接するお二人の姿からは、人と動物との確かな信頼が感じられます。取材中には、散歩に訪れた親子が少し緊張しながらも馬に近づき、やがて笑顔で触れ合う場面にも出会いました。その温かな光景と、自然豊かな羽広の空気、馬と人との心のつながりを一枚の切り絵に込めました。作品をご覧になる方にも、この土地に流れるやさしい時間と、命を慈しむ心が届けばうれしく思います。

羽広の馬 ……伊那市西箕輪 羽広……
「パパ、大きいよ……。ちょっと怖いかも」
男の子がお父さんの手をぎゅっと握りしめました。ここはみはらしファーム近くの牧場。澄み渡る青空の下、目の前にはツヤツヤとした毛並みの大きな馬が二頭、のんびりと佇んでいます。力強い立ち姿の黒い馬と、優しく地面の草を食んでいる茶色の馬。その迫力に、五歳の男の子は足がすくんでしまいました。
「大丈夫だよ。馬はとっても優しいんだ」
お父さんに促され、男の子は恐る恐るスティック状のニンジンを手に取りました。
「お馬さん、お腹すいてるかな?」
「ほらこっちを向いた。きっと待っているよ。手の指をピーンと伸ばして、その上に乗せてごらん」
勇気を出して柵に近づくと、黒い馬が「ブルルッ」と鼻を鳴らしました。男の子は思わず「ひゃっ!」と声を上げましたが、馬の瞳がとても穏やかで、澄んでいることに気づきました。勇気を出して手を差し出すと、馬は器用に、柔らかい唇でパクッとニンジンを受け取ってくれました。
「あはは、 くすぐったい。 パパ、食べたよ! もっとあげてもいい?」さっきまでの怖さはどこかへ飛んでいき、男の子は夢中でニンジンを差し出します。
「よしよし、美味しい?お馬さん大きくなってね」
最後の一本をあげ終える頃には、男の子はすっかり馬と仲良しになっていました。馬の穏やかな表情は、まるで「ありがとう」と言っているようです。
「パパ、僕お馬さん大好きになった。また会いに来ようね」
爽やかな風の中、親子の明るい笑い声が響き渡りました。近くの仲仙寺は『馬の観音様』と言われ、ここ羽広地区は馬を家族みたいに大切にしてきた地域でもあります。馬と過ごした温かな時間は、男の子の心に深く刻まれたことでしょう。



