
伊那谷の春の風に乗って、純白の梨の花が果樹園一面に咲き広がっていました。花びらは小さな雪片のようで、枝々にびっしりと取り付き、陽光に照らされてやわらかく輝いています。蜂や蝶が忙しそうに花から花へ飛び回り、春の命の息吹が感じられます。そんな梨の花を切り絵にしてみました。

梨の花
桜の花が終わりを告げる中、代わりに目に飛び込んできたのはどこまでも広がる純白の梨の花。澄んだ青空の下、一面を覆う白い梨の花の美しさに思わず足を止めました。
梨畑にひときわ真剣な表情で作業をしている人影がありました。梨の花一つひとつに「ぼんてん」と呼ばれる花粉のついた道具を丁寧に押し当てて、受粉作業に精を出していました。それは小さな命を吹き込むような繊細で愛情のこもった作業でした。
「花が咲いている短い期間に行うこの受粉作業が、梨が実るために欠かせないんですよ」
と、穏やかな笑顔で教えてくれました。花の開花が梨づくりのスタートではなく、冬の間からの想像を超える準備があったことを知りました。主な枝を見極め、不要な枝を丁寧に切り落とす剪定作業。地面を掘り返し良質な堆肥を混ぜ込む土壌管理。さらに、開花前に他の種類の梨の花を採取して花粉を取り出す作業などです。見ると足元の地面には「この牛糞がいいんだ」と話してくれた堆肥をすきこんだ跡があり、剪定痕が残る枝は碁盤の目のように張り巡らされたワイヤーに紐で誘引されています。受粉作業の直前まで適度な熱をかけて花粉を用意している気づかいなども、さりげなく話してくださいました。控えめな口調ながらも、その一つひとつの作業に深い情熱が込められていることが伝わってきました。
受粉が終われば、次は摘果そして袋掛けと、実の成長に合わせて休む間もない作業が続きます。伊那谷の昼夜の寒暖差が大きい盆地特有の気候が、甘くて美味しい梨の栽培に適しています。アルプスの雄大な山々に囲まれ降り注ぐ太陽の光を浴びながら、こうして丹精込めて梨が育てられているのです。
忙しい作業の合間にも、満開の梨の花を見上げる生産者の方の表情はどこか誇らしげで、この花を咲かせてくれた梨の木への深い愛情と実りへの期待が込められているように感じました。